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ケアラーズカフェKIMAMA

Author:ケアラーズカフェKIMAMA
ケアラーズカフェKIMAMA(きまま)は、自宅のリビングを開放して介護者のための居場所を提供しています。
日々介護に追われる人たちが、ほっとひと息つける場所。
気楽に集えて、おしゃべりをし、ちょっと気分転換できる場所。
「この場」が、そのお手伝いをできれば、そう考えています。
また昨年9月にケアラーズカフェをはじめたのをきっかけに、「地域共生のいえ※」になるべく準備をすすめてきました。
ひとりでも多くの介護者にこの場所を知ってもらい、忙しい介護の合間に、ひと息ついていただけたら、そう願ってのことです。

開放日:毎月第3木曜日13時~16時
参加費:ケーキとお飲物つき650円

どうぞお気軽にお越しください。


※「地域共生のいえ」とは、
オーナー自らの意思により地域の公益的かつ非営利なまちづくりの活動の場として、地域の絆を育み開放性のある活用がなされている私有の建物のこと
(一財)世田谷トラストまちづくりHPより


また同じ場所では、毎週火曜日11時~17時にコミュニティカフェ「きままなスイーツカフェ」を開催中。
詳しくは、きままなスイーツカフェfacebookをどうぞ。


お問い合わせは下記メールまたはお電話でどうぞ。

*ケアラーズカフェKIMAMA*
世田谷区桜丘5-15-11(桜丘区民センターとなり岩瀬宅)
03-3439-1650
harumi2014325@yahoo.co.jp

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オランダ視察ツアー 体験記 ロッテルダム

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6月15日から22日まで8日間、「オランダのケア付き住宅・認知症ケア視察団」に参加してきました。同行講師は福祉ジャーナリスト(日本経済新聞社前編集委員)の浅川澄一氏。5日間で5か所のケア付き住宅と認知症タウン、ホスピス、ケアファーム、それから「アルツハイマー協会」と「安楽死協会」、ホームドクター(家庭医)の訪問とハードなスケジュールでしたが、とても学びの多いツアーでした。
第1日目の午前はロッテルダムで、ヒューマニタス(Humanitasu)が運営するヤン・メルテンスというケア付き高齢者住宅を訪問。この10回建ての高齢者住宅は50年以上前に55歳以上を対象に建設され、当時は14㎡のトイレ付居室で、268の部屋と74の住({342室)でした。しかし、1986年からは健常者も受け入れ、生活の質を重視するという考えから、3室を1室にして175室に改築、。2007年には建物の半分の2,3,4,5階に4つのユニットを新設し、各ユニット6人、合計24人が入居する認知症グループホームに再度改築されました。各室トイレ付で40㎡以上と広く、家賃は日本円にして月約7万円。職員は7名4交代で、その他に70名のボランティアが活動しているそうです。現在の入居者のうち約3割が健常者で残りの約6割が認知症者と障害者とのこと。ヒューマニタスのベッカー前理事長の理念「Use it or lose it(能力は使わないと消える)」に基づき、「自分で自分をケアできるように、手助けをする」「必要な時に必要なケアをする」つまり残存能力を活かすことを重視しているとのことです。
現在障害はなく、自立していて、入居しながらボランティアをしているという元気なおばあちゃん。なんと私の母と同じ93歳です。自室に快く案内してくださいました。ご主人を亡くされたあと、ここに入居されたとのことですが、居間は自分好みの家具を持ち込み、棚には家族の写真等を飾っています。台所も使いやすそうで、どちらの部屋からも窓から庭が見えて快適そうです。ここに住みながら、ケアが必要になったら受けるということでしょう。アルツハイマーのおばあちゃんのピアノ演奏を皆で聴いている時、「彼女は自己流で作曲しながら弾いているからいつ終わるかわかんないわよ」と耳元で囁くおちゃめな面も。私達の案内をしてくれたケア係の女性はなんと50歳だとか。黒の革ジャンにミニスカート、それに同色のブーツといういでたち。思わず「いけてるわよ」と声をかけてしまいました。8階を案内してくれた時、「非常時にはエレベーターが使用できなくなるけど、この階に住む人達はあまり歩けないのよ。ハプニングが起こらないことを祈るばかりよ」そっと打ち明けました。帰り際、二人ともちぎれんばかりに手を振って見送ってくれました。
皆が歓迎してくれた中、認知症のおばあちゃんが「Son of a bitch]吐き捨てるようにそう呟いたのが、耳に残りました。。第2次大戦中オランダの植民地であったインドネシアで日本と激戦を交わした経験故、この世代の人々の中には日本を快く思わない人もいるということを本で読みました。入れ替わり立ち替わり訪れる日本人視察団が疎ましかったのに違いありません。視察する側も細心の注意を払わなければ、そう感じました。
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